恩師の想い出(その2)「恩師は二人」

 たしかに、自分の指導教授の恩師は一人であり、いまも気にかけていただいているのは一人です。

 ですが、「その1」で述べた、発言力の強い「名物教授」も二人目の恩師なのです。この教授は、自分が良く知っている学生であっても、手加減は絶対にしない公正な人物です。
*私は今でも、尊敬しています。
*私が3年生のときの設計担当教授でもあったので、当然、良く知っていました。建築サークルの講演会の講師をお願いしたこともありました。
また、偶然この先生のお母様が私と同郷であり、間接的に知人でした。

 果たして、今の大学に、一学生に真剣に自分の主張をぶつけ、闘おうとする指導者が、どのくらい居るのでしょうか?芯のある熱血教授でした。

 話は、回想の続きに戻ります。私の卒業研究とその他を含めた審議の件ですが、教授会では2つのポイントがありました。
・卒業研究のテーマが「学術的価値に基づいているのか。研究の目的とは何か。」
・発表会で審査された梗概(概要)の本体である卒業論文そのものの内容・完成度です。

 前者は、大きく意見が分かれ、学生の研究に学術的価値のみをもって論じるのはナンセンスという主張。それと名物教授の指摘した学術的価値をベースにした研究が本筋であるという主張です。
 この点は、結論が出ず、審査のポイントを「論文自体の完成度」をもって評価するという意見で一致しました。
 その結果、異を唱えた教授も含めて、私の論文は完成度については一定以上のレベルに到達しており、単位を与えることには問題ないという教授会の結論でした。

 このため、前例がないほど、多くの学生の論文本体が審査され、多くの論文が単位認定から除外されました。完成度が不十分という判定です。
*その年以外は、梗概集の出来と発表内容をもってABCのランク分けをしていたのです。
*私の論文は担当教授の判断でAランクを頂戴しました(笑)。これは大分心情的な加点もあったように思います。
 担当教授としては、自分が納得して進めさせた研究ですから、完成度が到達していれば評価するという御意見でした。

 当時の助手から聞いた話では、恩師(担当教授)と名物教授とが激論となり、教授会は大荒れだったそうです(笑)。
*しかも担当教授は、私の担当時には未だ准教授(当時は助教授と呼ぶ)でした。助教授が教授に向かって真正面から反論することは、当時の教授会では異例だったそうです。

 他の大学なら、単位を没収されることも珍しくないことだったと他の大学の関係者に聞きました。私の恩師は、学内では一目置かれる存在で、将来の学科長・学部長候補と言われていました。信念を曲げない人でした。
 はからずも、学内の卒業研究の在り方について、私の一件が一石を投じることになったのです。

 今だから言えますが、恩師が通知表に評価を入れる直前に、私の目の前で「この評価でいいか?と笑いながら言いました。」私は単位をいただけるなら、なんでも結構ですと答えました(笑)。
 卒業後、私は名物教授の言葉が気になり、別のテーマで研究を続けるため、研究室に2年間残りました。(働きながら、研究室で研究員という名目で過ごしました)
(つづく)
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by neo-diy | 2014-03-03 10:01 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

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