カテゴリ:仕事の回想・自分史( 41 )

取引先や知人の振る舞いを見て考える

私の景気が良いころは、えびす顔で私の所へ挨拶や打合せに来たり、電話やメールで様子をうかがう人がいました。

小さな自営業ながらも、他の中規模企業や通販サイトに負けないくらい発注量があり、廉価ゆえの強みがありました。
取引先は私がウェブサイトと無料相談だけで営業していることに驚き、知人建築士も私の依頼者のボランティアのお蔭でホームページを運営できるようになった。

しかし、現在は私の景気が悪くなり大半が離れて行きました。
残ったのは大学の先輩建築士(提携先)、2名の職人(専属)、数社の防音建材メーカーだけになりました。
*お蔭で信用できる取引先を判別することが出来たのは良かったと思います。

取引先の1社は私と取引を始めてから景気が良くなり、毎年のように年商が上向いています。非常にまじめな商いをする経営者であり、彼は私の取引量がある程度あることに安心しているようです。
それは自分の大事な取引先が欠けては大変だという事業者としての感覚なのです。
*私は彼の取引先の中では最も小さな業態です。その取引を通じて業界の需要を見ているようです。

残っている取引先は、私の変わらぬ態度や商いのやり方を見て、大丈夫かどうかを体感しているようです。

私は小さな商いでも着実に進むことを希望します。手を拡げるつもりはないです。それに加齢とともに体力が落ちていますので、遠方は無理です。
ウェブサイトと地元での相談業務を中心に展開したいと思います。

現在の私の取引先は、景気の変動で態度を変えることを嫌っています。
一人の人間としてどうかということを素朴に感じているのだと思います。会社の看板の大きさに関係なく取引先の担当者個人の有り様を重視していると思えます。

会社を辞めて自営業になれば、そのときに実感するのは個人的な人脈です。義理と人情の世界が結構自分を助けてくれます。私がそうでした。
朝、コーヒーを飲みながら、約13年間の自営業の歩みを、ふと想い出していました。

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by neo-diy | 2017-08-28 07:57 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

国語能力・PCネットスキル

大学時代は学科の教授に論文能力など国語力を身に付けなさいとアドバイスされ、会社勤め時代は専門分野だけでなくPCスキルの重要性を痛感してきました。
*ちょうど会社を辞めて独立する頃(14・15年前)は、ウェブサイトやPCソフトを活用したビジネススタイル転換への端境期でした。

現在においても国語能力は重要であり、これがないと自分で運営するウェブサイトも作れないし、ブログ投稿も満足にできません。
*私の分野では、とくに分析レポートをクライアントに提示することが重要なため、論文能力は不可欠です。

私のウェブサイトは、会社勤め時代のコンサルタント業務のスタイルが色濃く出ています。
そういうこともあり、手加減して記述してはいるものの、どうしても硬い表現になりがちです。
*国の機関や役所に提出する報告書のくせが抜けないです(笑)。

うちの職人が独立した時に苦しんだのが事務能力です。見積書など提案書が作れない、説明図が作れないなど基本的なスキルがないのです。
独立するまでは会社が全部作っていたので、当人はまったく勉強も努力もしていなかった。職人でも、独立するなら事務・経理をある程度知らなければ営業できません。
*私の傘下に居る時は、私がひな形を作るので何とかできますが。

相方の職人が言うには、一人ではできないだろうから、私のところから独立すること自体が無理なのでは?と言っています。彼は厳しいことを言っていますが、約20年ほど付き合っているから分かると言います。そう簡単に国語能力やPCスキルが身につくわけないと。

ただ、ウェブサイトは外注するという手段もあるので、企画次第では運営可能です。

ちなみに取引先の年配の建築士は、ブログが使えるようになるまで1年以上かかりました。120.png
個人差があるので、必要に応じてPC教室に通うなど努力が必要です。
*私の場合はPC教室のコースを1回目でくびになりました・・・あまりにもコースメニューを逸脱するというので「ご自分でやってください」と言われました。182.png
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忘備録・雑記

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by neo-diy | 2017-07-10 07:46 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

自分の出来る事を続けることが重要

昨夜、家族が地元の国立病院(総合病院)に緊急入院しまして、昨日はバタバタしていました。
*今日も書類上の手続きや日用品の差し入れをするために、再度出向かなければなりません。

もともと具合が悪く、親族の実家へ転居させる予定でしたが、急変しまして食事が出来なくなりました。入院先では、まず精密検査を行い治療方針を決めることになります。

あとは、実家の地元の総合病院へ転院させることができるかどうか、家族の受け入れ準備をどうするかなど打ち合わせるため、来月親族を代表して身内が私の自宅へ来ます。
*日頃から7種類の薬を処方され、一日4回の定時に服用するという複雑な管理が必要でした。家族の中ですべての対応を頭に入れているのが私だけなのです。(そのために東京で通院していた)

私が自営業だからフォローできたわけですが、私も不調を抱え、そろそろ限界に近づいてきたので、来月相談です。
入院した家族本人もある程度覚悟していたのか、私に「あんたの出来る事を、気にしないでやんないや。なるようにしかならんで。仕事の打合せは予定通りやって。」(彼女の地元?の方言)

たしかに、治療は病院に任せて、私は自分の商いを続けるしかないので、自分の出来る事を確実にやっていくだけですね。
私自身は、仕事の内容が特殊なので実家のほうへ転居しても生活できません。別居になります。
しばらく、お酒は控えたいと思います(笑)。182.png

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by neo-diy | 2017-06-29 06:35 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

依頼者が街が職人を創る

東京の下町だと、昔は仕事の注文者や町そのものが良い職人を育てる(創る)と言われたものです。

良い仕事を与えれば、職人は懸命にそれに応えようとする中で、さらに技術と精神を磨くというわけです。
いまは大半の職人が大手の傘下に入り工期の短い注文を急がされて作ります。
*建築の現場も同じです。

我々、設計コンサルタントも、良い仕事に会えないと経験値も増えませんし、技術もレベルアップしない。私の木造設計技術も難しい現場経験のおかげで開発されてきたと言っても過言ではないでしょう。

最近は、廉価で難しいことを注文されることが増え、予算面で成立しないことがあります。相談者そのものが無理を言うことが増え、結局、安い大手のダンピングにもっていかれてしまう。

昔ながらの職人仕事では間に合わない、予算を超過することになり、結局は依頼者そのものが自分で自分の首を絞めることになり、業者も育たなくなるという悪循環が今の東京の姿です。
*価値観のデフレと言ってもよいと思います。

むしろ、地方の案件のほうが適正価格で発注する人が多く、価値観が東京を中心とした首都圏とは異なるところに救いがあります。

しかし、これで良いのだろうかという疑問がジレンマとなり、自分自身の仕事とクロスオーバーします。なにか手立てがないだろうかと考えながらウェブサイトを作り、相談業務を継続してきました。

まだDIYによる模索中です。
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忘備録・暮らしの雑記

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by neo-diy | 2017-06-09 07:57 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

人との付き合い・協調は運ですね

同じ分野が好きだからと言って価値観が同じになることはない。当たり前のことですが、先週それを身を以て経験しました。

ただ参考になったのは、私のコンサルティング・設計が安すぎるというのが、建築業者の感想でした。
それは十分理解しているが、この不景気に一般個人から頂戴する経費を普通に計上することに躊躇していたということです。自分の性格からそうなるんですけど。

自分の美学というか、相手が誠実だと余計に経費を抑えてしまう。

やはりウェブサイトだけで受注している私は彼らから見ると特殊なんだと思いました。
価値観を共有できるような人物ではなかったということ。

一方、打合せ場所に選んだお店で出会った地元町会の年配者とは思ったよりも気が合い、良かったと思います。この人が建築関係なら話が通じたと思います。年の割には思考が柔軟なため、人の話をよく理解してお聞きになる。頭の回転も速い。

でも、先週は参考になることがあり、自分の道は間違っていない、足りないのは自分の営業力であると再確認しました。

それにしても、国立で打合せ場所にしていた店が約30年の営業に幕を下ろし閉店することになったのが、いちばん痛い。建物の老朽化や駅舎の建て替えで、たぶん所有者が建て替えを決断したんだと思います。
自宅の仕事場にはエアコンが構造的につけにくいので、片付けてウィンドファンを置こうと思っています。(※構造体にぶら下げると共振して騒音源になることがあり、私が問題を起こしては面目丸つぶれです・・・音響・防音設計が専門ですから)
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忘備録・暮らしの雑記

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by neo-diy | 2017-05-21 08:22 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

6年前の今日の記憶

東京においても大きな揺れを感じ、無計画停電などライフラインに大きな影響が出ました。取引先の製品を生産する東北地方の工場も被災しおよそ1年間止まりました。

東京の担当現場の資材納品は、取引先の尽力もあり何とか急場をしのぐことができましたが、相談者の現場も被災し、東北の案件はすべて消えました。

このとき、大震災でも逃げる時間をかせぐための木造住宅の構造的補強の必要性を強く感じ、私の設計・施工に大きな影響を与えました。
*その記憶をもとに始めたブログ→木造住宅の防音室

その大震災の起きる3年前に担当した東北の現場がありました。下地の補強などが幸いして無事でしたが、改めて耐久性や補強という施工の重要性を認識したときでした。
*マンション案件:マンション防音とリスク

この大震災では東京においても、公的な施設の天井が落下したり、民間の住宅家屋が倒壊しました。埋立地の液状化による被害(東京湾沿岸地域など)も甚大でした。
人災と言えるような事例も少なくなく、その後、建築業界では小中学校などの耐震補強工事が各地で進められ、地元でも小学校の大規模補修が実施され、2年前に完成しました。

自然災害に対しては殆ど無力かもしれませんが、少しでも自分のやれることは何かと考え、構造的な補強を含めた提案を仕事の相談者に提示してきました。
微力ですが、それが技術者としての責務だと考えています。

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by neo-diy | 2017-03-11 08:11 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

追い込まれてから力を出す

会社勤め時代は、余り時間管理がうまくなく、いつも追い込まれてから力を出すようなやり方に変化していった。これは担当する仕事自体に余り魅力を感じていなかったことが背景にあったように思います。

鮮烈に記憶に残っている仕事(案件)が3つありました。この3つに共通したことは、この課題ができなければ御社には業務を発注できないと先方の担当者(係長・課長代理・専門役)に言われたことです。
私個人の責任ではないけど、他に担当できる者がいなくて人質のような状況になり、同僚のミスまで含めてクリアしなければならない状況に追い込まれた。

3つの案件ともに不幸中の幸いか、自分自身で答えを出すことが出来ました。
先方の期待に応えることが出来てプロジェクトは本社へ上げることができたと聞きました。クライアントは現在の都市再生機構でした。
当時は委員会方式のプロジェクト検討会であり、本部の次長クラスまで事務局になっており、これらの面子をつぶしたら、私の所属していた会社には大打撃となるところでした。

私は自分の限界と会社勤めの限界を感じて、この業界を去りました。その後独立して自営業となり今日に至ります。時間管理が下手な理由は、一つの課題に対してぎりぎりまで時間を掛けて考え続ける自分の体質・思考パターンにあります。
ですが、自営業になって、このやり方は、自分のオリジナルな設計手法を生み出しました。時間はかかるが、他の専門業者にはない手法・工法を創り出した。

まさに、追い込まれてから力を出したというわけです。他の業者のマネはしたくなかったし、既存の業界の問題に気づいていたからです。
その代償は商いとしては利益が少なく、経営的な問題を抱えることになったわけです。手間がかかる割には見積金額を抑えており、依頼者のほうを向いて仕事をしていた。だが、昔の職人はこのような仕事ではなかったのかと、学生時代を想い出しました。

音響・防音設計の仕事を職人のような手仕事で構築する、だから「防音職人」というウェブサイトの統一名称・屋号を名づけたのです。
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忘備録・仕事などの雑記

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by neo-diy | 2017-03-07 08:12 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

12年間の自営業を振り返る

最初は、ただ世の中の需要を体感しながら仕事の体制を準備することに費やし、ある程度、準備ができた段階で自分さえ生活できればいいという程度の利益だけで商いをしました。

そのうち専属施工チームや取引先の準備ができ、こんどは全体の利益を確保しながらバランスを取ることに腐心しました。
同時に費用対効果の高い設計・工法を追求し続け、一方で自分の分譲マンションを実験台にして効果と経年変化の考察を続けました。

先輩建築士からは、まるで鬼のような研究だと驚かれ、自分の切り開いた道は大事にしたほうがいいと激励を受け、ここまでやってきました。

もちろん、想定外の壁に当たりながら、出来る限りのことをしましたが、心残りの案件も記憶に強く残っています。
むしろ課題が残された案件ほど記憶に残り、それをクリアするためのマニュアル補正や独自の工法、製品選定・組合せを追及してきました。

自営業でこれだけ実績を上げたのだから、提携先ができれば、もっと研究もレベルアップできると希望を持っていました。
デフレの中、取引先は初心を忘れ、誰もが食べることに汲々としているような感じになり、他業者は人様の技術を模倣し、業界全体としては、私がこの道に入った21年前と大差ありません。

12年というスパンでさえ、いくつかの課題をクリアするのが限界で、あとは自分の身の丈ほどの案件に集中したいと思うようになりました。
所詮、自営業には限界があり、家庭の事情も自分の時間を奪い、そろそろ仕事のメニューも、絞り込んだほうが良いと考えています。

昨日の記事で書いた外注先は、私に比べて利益には貪欲で、なんでも飯のタネになると食いつきます。この精神はある意味見習うべきですが、私の美学には合いません(笑)。
それにもうこれ以上リスクのあることにチャレンジするのも厳しいと思います。
*政権の不手際で、将来の年金でさえ危うい世の中です。

私は地道な商いを基本としたいという考えです。発明品はありませんが、特許的な設計仕様をいくつか持っています。
特許は公表すると類似品が溢れ、関連製品の高騰を招くだけです。必ず心無い業者の餌食になります。だから、私はのれん分け出来る信頼できる提携先を求めています。
なかなか見つかりません。

先日の件を契機に、世の中の偽装的な製品・工法、誇大広告をターゲットに警鐘を鳴らすコンテンツを必ず作りたいと思いました。
急ぎの案件の目途が付いたら、取り組みます。これは商いとは別の話です。心情とか信念というか、一人の人間として許せないものは許せない、ただそれだけのことです。

今年の夏休み、休み明けは無料相談の問合せが増えました。物価は上がっても世の中デフレだと思いますが、心の中までデフレになってはだめだ。良いものには時間とそれなりのコストがかかる。

厳しい状況ですが、良いものを追及し、現実的な提案を再度練りたいと思います。

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by neo-diy | 2016-08-29 08:13 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

PCが、ウェブサイトが分からなくて損する

会社勤めの頃、PCやウェブサイトなどネットが分からなくて会社を辞めた人がいました。
もちろん、向き不向きはあるのですが、その人は田舎に帰って不動産鑑定士になるという目的があり、夜間に専門学校に通っていました。
しかし、PCやネットが得意な後輩を社長が重用したというか、よく使うようになり、だんだん居づらくなり、また専門学校に通うことを理由に残業を免除してもらっていたので、最後は社長と折り合わなくなり、会社を辞めました。
*社長の話では給料に見合う働きがなければ、その分、残業してでも他の仕事を手伝ってほしいということだった。
だけど、他の仕事はPCソフトやウェブサイトが分からなければ戦力にならない。

PCやネットが分からないだけで職を失うなんて、本当に馬鹿げていると、私は思いましたが、この人の件が反面教師になり、私も苦手だったPCソフトやウェブサイトを自力で勉強するようになりました。

6年前に、同じマンションに住む職人が、役所の登録や受注にPCとインターネット環境が必要であるということで、私のPCとウェブサイトを見に来ました。
この人もPCが苦手で購入したけど使い方が分からないということで、私のところへ、活用するメリットや手続きのことを参考に聞きに来たのでした。
*いまでは普通に役所の仕事をPC・ネットを通じて受注して、書類もPCソフトで作成しています。年齢は私よりも一つ上です。

私の年代は大半がPC、ネットが苦手で、同年代の気持ちはよく理解できます。
でも、そういう需要を背景に、地元などのPC教室は運営できるわけであり、そういう時代なんだと思います。

ですから、私を助けてくれる知人(防音室の元お客さん)が運営するショップでギフトを購入するようにしています。自分で言うのもなんですが、私は義理堅いです。

いまは逆に若い世代がPCを使っていない人が多く、会社に入ってから困る、PC作業そのものが嫌で会社を辞める人もいるそうです。

私の知る限りでは比較的PCが得意な世代は30代だと思います。
PCが苦手でビジネスチャンスを逃したり、会社を辞めるなんて、もったいない話です。
でもね、PCが得意な人には苦手な人の気持ちや教え方がよく分からないものです。
教え方がうまい人は、PC教室やインストラクターに向いています。

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by neo-diy | 2016-07-22 08:02 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

どんな分野でも人材不足は深刻

私の業界でも人材不足は深刻です。防音設計ができる専門家、防音施工ができる大工が少ない。私の提案を実現するメーカー・開発者が殆どいないなど。
生活の基本である住まいの防音対策が現実的な費用でコンスタントに実行できることが、生活改善にも役立つと思うのですが、現実は簡単ではありません。

来月国政選挙がありますが、自民党の暴走を許したのは前政権であり、対案を持たない野党に大きな原因があります。
与野党とも人材不足は深刻であり、信義に厚い有能な人物は政界のなかには、もういないのか、絶滅したのかと思います。
投票すべき政党や人物がいない国政選挙は、大きな税金の無駄遣いであり、国会議員など必要ないのではないかと思うくらいです。
役人がいれば国は動きます。国会議員自らが不正を行うわけですから、居ても無駄です。むしろ、ご高齢でありながら、天皇陛下のほうが立派に親善外交などに寄与されていると思います。
*最悪、私の場合は「該当者なし」という白紙投票になりそうです。

消去法で投票を考えなければならない政界は、本当に人材不足の極みであります。政策と実行力で勝負しない与野党は、全部政界から引退していただき、リセットしてもらいたい。

どんな分野でも「努力・信義・誠実」を重んじることが基本ではないでしょうか。それを忘れた人が増えると、その業界は腐っていきます。自浄作用もなくなります。

便利な世の中にはなったけど、何か重要なものを忘れてきたような気がしてならない。

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by neo-diy | 2016-06-24 08:13 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

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