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カテゴリ:仕事の回想・自分史( 48 )

中高年の再就職の準備

中高年の正規雇用の記事を最近見ましたが、現状も私が16年前に会社勤めを辞めた当時と余り変わらないと思いました。

建築・都市計画業界は、現場勤めを除けば、中高年の再就職は当時から厳しい状況で、相当の実力がないと自力での再就職はかなり難しかった。

最近、知人の店で昔働いていた中年の男性が再就職したのが建築の解体業専門の会社でした。現在は、最も地元で景気が良いのが、この解体業の会社です。
*中高年にとっては、きつい仕事です。ですが仕事は沢山あります。デスクワークは大半が若い男性と女性です。

中高年は現場仕事以外では、なかなか再就職は難しい時代になりました。

私の場合は、業務内容が特殊だったので、当時のハローワークでも、貴方の業種・業務内容は特殊であり、地元に限らず、都内でも求人すら出ていませんと言われました。
*中年であるということとは関係なく、求人そのものがない。

私は、そういう時代なんだと考え、情報収集と自営業の準備をしました。会社を辞める半年前から始めたホームページにおける相談活動から手掛かりを掴みました。
*まずは、東京など首都圏におけるマンション問題の動向を分析しました。

それが私の出発点でした。すでに中年であった私には、それしかなかったのです。開業当初は最初の1年間で受注できたのは僅か2件でした。
取引き先に言わせると、それでも奇跡的だと言います。人脈がないのに、受注できたことが幸運だと。

並行して、私はPC教室でホームページを自力で作れるように講座を申し込みました。
ですが、試作したホームページを講師に見せたら、「きっと、あなたは自分で勉強しながら、自力で作れますよ。」と言われました。
*当時は、そのPC教室に通っていたのは大半が女性でした。中年男性は一人もいなかったのです。

中高年の男性は、自ら再就職や自営業の道を、自分でハードルを上げているのではないかと思います。
努力なしには、再就職も自営業の道もありません。

頑張って情報収集と仕事に必要なツールの活用方法を学ぶべきと思います。
そして、会社を辞める前に準備を始めたほうが良いです。
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by neo-diy | 2019-09-16 07:16 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

業界や設計マニュアルに疑問を持つ

大きな組織(会社・研究所など)にいると見えない、疑問を持たないで古いマニュアルをそのままなぞって担当案件の提案書や設計図書を作成することはよくある話です。

それは自営業であっても大差はなく、既存の設計マニュアルに沿って担当現場の設計及び施工要領を作る作業は一般的かと思います。

しかし、自宅の問題を外注して解決しようとしたり、その住宅を設計した会社の建築士などにヒアリングすると業界の問題や建築士自体の技能的(職能的)なレベルに直面します。
それが私の出発点でした。

また、ネット上の仲間のシックハウス及び化学物質過敏症などの体験が私の意識に少なからず影響を与えました。
*昨夜、古い?15年以上前のネット上の仲間(知人)から運営サイトや教職などの近況の返事がありました。
*彼女は現在、三重大学のあるセクションの教授ですが、当時の問題意識を持ちながら大学で学生に講義をしたり、研究活動をしているようです。

研究など学術的な世界でも、前例の根拠や常識と思われていたマニュアルが、ひっくり返されたり、新たな事象となって問題に直面することは少なくないようです。
私の本業の防音設計・施工の世界でも、まさに現実の問題として目の前に現れました。それが平成7年(約24年前)の夏の出来事でした。

私も自分で体験しないで、そのまま暮らしていたら、たぶん現在のような立ち位置には居なかったと思います。
業界の業者や世間一般的な常識?に対して疑問を持ち、それを解決するための取り組みを自宅や知人宅、担当する現場で実践するなんて、その当時は夢にも思わなかった。

教科書や設計マニュアルなんか信用できないと思う反面、古いマニュアルが正しい指摘をしていた事を自ら体験して検証することもありました。
そう、マニュアルというのは、自分の経験値や傍証データ、体験者へのヒアリング、現場検証などから確認及び補正しなければ使えないのです。
*関連記事(約4年前に書いた記事):防音対策20年の自分史
*コンテンツ:防音情報マップ

あらためて原点に戻りつつ、新たな課題の検証作業をしなければならないと思うこのごろです。
そして、情報をネット上に発信しなければ世間には何も伝わらないということは、当然のことです。

だから、私は本業のサイトで事例を追加更新したり、新しい情報サイトなどを作っているわけです。書籍にするのは大変な時間と労力が必要ですが、情報サイトなら集中して取り組めば、1か月もかかりません。
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by neo-diy | 2019-08-11 06:30 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

恩師からの贈り物

先日、私の出生地の特産品を沢山、大学の恩師に贈りましたが、翌週に恩師ご夫婦からお土産を頂戴しました。
*八丈島のくさやです。

私が学生時代にお酒を結構飲んでいた印象が強いようで、だいたい私にはお酒の肴が送られてきます。
御礼の葉書には、禁酒状態であることを伝え、お茶うけとご飯のともにしたことを書きました。
*やはり本場のくさやは食べやすく、嫌なにおいが殆どない。相当上等な品でした。

恩師には専門バカにはなるなと教えられ、学問・研究の問題意識や姿勢について学びました。それと食べ物を残さないように大切にするように再三言われました。
*私は残念ながら恩師の専門の選択科目を落としてしまう劣等生でした(笑)。

ですが、建築・都市計画会社を辞めても生活できたのは、専門バカになるなという教えが背景にあり、世の中の需要動向や差別化を念頭に入れて必死で取り組んできたおかげです。
*運も良かったと思います。それはウェブサイトが全盛になりはじめる草創期であったからです。
*手作りのホームページでも勝負できたのです。

恩師に指導を受けた論文や書籍の原稿手伝いが会社時代に役立ちました。そして独立開業において問題意識が芽生えました。オリジナルのコンテンツは実体験から生まれるという考え方、机上の理論は必ず補正しなければ使えないということでした。

その恩師もかなりの高齢であり、私の母と余り変わらない年齢です。ですが、食欲は十分あり、ご夫婦ともにグルメです。私は毎年夏に贈り物をするのは、酷暑を乗り切れば大丈夫という気持ちがあるので、いつのまにか毎年夏に暑中見舞いとして贈るようになりました。
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by neo-diy | 2019-07-24 07:23 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

仕事の想い出

よく仕事ができるのを誤解して「PCが出来る、ソフトが使える」ことと混同して熱く語る人が居ますが、それは間違っています。

たとえば、報告書や解説書の文章を書くのにPCソフトは大変便利ですが、これは国語力とは余り関係ないです。
その典型が手書きの手紙です。

ただし、役所やクライアントに提出するための報告書はPCで清書します。速報はメールで知らせます。

会社勤め時代に、PCが得意な後輩が居て、PCが出来ない先輩の陰口をさかなにして居酒屋で同僚と飲んでいました。当初は社長に便利がられて重宝されていましたが。
ある都市再生機構の案件で、大変な失敗をして一挙に信用をなくし、評価が大幅に低下しました。

PCで多量に作成した報告書の分析に大きな欠陥があり、全部やり直しになったのです。
結局私が先輩であることもあり、社長に頼まれてURの本部で人質状態になり、本部課長に対面で約束させられ「今度、答えを出せなかったら、御社には発注できない。」と最後通告を出されてしまいました。

自分の中では、何かが間違っているという確信があり、丸一日、自分の手作業で多量な資料のサンプル分析をしました。(全部をチェックすることは無理なので、典型的な箇所だけ抜き出した)
そして大きなミスを突き止めました。それを持って社内で打合せをして、作業方針と分担を社長に提示できました。そのときの安堵した社長の顔は今でも覚えています。
*ミスした後輩に向けて、社長が「おまえはPCが苦手な人の気持ちが分からないだろう。仕事は手書きでも答えを出せれば構わないんだ。」と厳しくたしなめました。

要するに、PCはあくまで道具であり、物事の本質は道具で語るものじゃない。中身である。

後日談ですが、この案件が無事完了した後、本部の課長に労いの言葉をいただき、ちょっとした質問でも私にダイレクトに問合せがあり、誰が担当者だったのか分からないくらい信頼を得ました。

PC作業は前提条件や分析方法を間違えると、もう後戻りできないくらい無駄が発生します。
ですから、私は自分の担当案件は手書きの作業とPCデータの両方を突き合わせて、修正できるように作業経過を残しています。

PCで綺麗な資料を作ることが目的ではない。PCはあくまでツールである。

by neo-diy | 2018-12-29 14:06 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

心残りの担当現場

独立開業して数多くの現場を経験してきましたが、草創期は出来る限り多くの案件をこなそうと提携先と一緒に手分けしました。

しかし、自分が直接現場を細かくチェックできなかった3件のマンション現場で問題が起こりました。
一つは欠陥マンションです。
地下駐車場の躯体むき出しの表面には無数の細かいクラックが補修されており、かなりコンクリート躯体のコンディションが良くないなと感じました。

天井の内装を解体した時点で2筋の目だったクラックや躯体に埋め込まれた木片があり、もう工事を中止できるような段階でなく、予定通りの防音施工を行いましたが、重量音を軽減できずに依頼者もちょっと意外な体感をされました。
結局、欠陥マンションかもしれないと説明し、自分の設計費用をお返ししました。

また別の2件のマンション現場では取引先から支給された防振材が効果がなく、提携先のリフォーム業者が間違った施工をしたことが営業担当の撮影記録などで、完了後に分かり、どうにもならない状況でした。
*結局この2件の現場は提携先が存続する限り、保証するように伝えました。しかし、担当者がリストラされたため、提携を解除しました。

契約上の規定で、私が手出しできない現場なので、私の手を離れたため、もうどうにもならない。私の業者を見る目がなかったと言われれば仕方ないのですが、苦い記憶です。これは現在の専属施工チームと提携する前の話です。

このほか、依頼者から提供された図面と現況が異なり施工に大きな支障が出るなどマンション現場を担当する機会を大きく減らしました。
自分の手の届かない理由は対処できないので無理なんです。

しかも、マンション案件はキャンセル率も高く、ただ働きをさせられる件が多くて、経費倒れを招きました。そこで、現在のような木造案件を重点的に行うようになりました。

木造でも1件、音響上の不出来があり、これ以降、石膏ボードを壁面に使用する設計仕様を全面的に見直し、現在のような木材重視型の仕様に切り替えました。

心残りの案件は、現在の私に多大な教訓と技術革新をもたらしましたが、依頼者の事を考えると、心にとげが刺さったままであることには変わりないです。

by neo-diy | 2018-04-08 08:27 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

自営業の歩み

今まで受注した案件が2018年3月29日現在で295件になりました。
今年の夏に自営業として丸14年になりますが、平均すると1年あたり約21件の契約案件をこなしていることになります。
*初年度は1件であり、近年のほうが件数は増えているようです。

収入は8年前頃がピークで、徐々に落ちています。たしか消費税が8%になってから収益が悪化しました。
それは中小企業や自営業全体の傾向だと知人が言っていましたが、業種間の差はかなりあると思います。

私の建築・コンサルタント業界は資材経費が値上がりしても下がることがないので、いったいどういう構造なのか詳細を知りたいのですが、あいにく取引先には詳しい人がいないので、ずっと気になっているのです。

私が自営業に切り替わるとき、親しい知人はみな反対しました。我慢して会社勤めを継続したほうが良いのではないか?と。
しかし、会社は守ってくれないのは明らかであり、年齢的にも独立の最後のチャンスだと感覚的に思っていました。

自分の専門分野を切り開かない限り、自営業だろうが企業だろうが、基本的には同じだと見ていました。建築業界はまさに斜陽状態でした。
その後、建築業界はさらに景気が悪化し、震災復興やオリンピック需要で一時的に大手企業が息を吹き返しただけです。

私の依頼者の中には、施工を担当していた中堅ゼネコンが倒産するなど、厳しい状況を目の当たりにしました。防音設計業界は、次々と素人業者が林立して、業界の信頼を低下させてきました。

そのような状況下で、私のような零細自営業者が生きて行くのは、相当な差別化が必要でした。技術力以外に勝負できるものはなかったと言えます。
→「防音職人」という統一名称は開業して約3年後に決めました。覚えやすい名称を考えました。
→事業者の名称は「サポートページ・プランニング・オフィス」です。簡単に覚えてもらうのは無理でした(笑)。

ある知人に言わせると、この「防音職人」という名称が仕事を依頼した決め手になった?ということです。案外これが良かったのかもしれないです。

私にとって最も難易度が高く、どこの専門業者も解決できない課題が「木造床の生活防音」「マンション二重天井の生活防音」です。
新築の段階であれば、私には対処できる防音設計ですが、リフォームは制約が多すぎて、かなり大変な案件です。

2名の専属職人の仕事を受注しながら、私が食べて行くには色々な仕事を受注していく必要があります。
→昨日概成した新しいページ:木造防音室(ピアノ・ヴァイオリン)
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by neo-diy | 2018-03-29 08:43 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

私の業界の再就職・独立

私の業界は、音響・防音設計、防音施工、防音建材業、音楽室のリフォームですが、その多くが本当の専門業者ではなく、後発の建築業者または商事会社から衣替えしたものです。

中小企業の場合は、経理を除いて事務・営業担当が1・2名しかいない零細業者であり、大半がパートと外注業者に依頼して運営されています。

殆どの業者がホームページを持っていますが、更新されないで数年放置されているのも珍しくないです。景気が悪くなり、外注費を削ったり、ウェブサイトを担当していたスタッフが独立して逃げることもあります。

ですが、現在40代以上のスタッフは、たぶんそのまま残ると思います。私の知人関係や取引先は、少人数の長年勤務しているスタッフは変わっていません。

転職したり、独立する人は自分のスキルを磨いてきた者です。備えてこなかった人は、もう移動することはないです。再就職先がないからです。
私の業界は世間が狭く、営業マンの場合は、本当に円満退職しないと独立に支障が出ます。

もし、私が専従者を雇うとしたら、ウェブサイト構築と現場説明できる技術者です。複数の案件を受注して同時に現場を動かすには欠かせない役割です。それなりに建築の勉強と現場経験がないとできません。
このような人材は一朝一夕では育たないので、通常は中途採用となります。
*ウェブサイトはひな形を渡すので、比較的短期で習得できます。

一方、大工など職人は若い人を募集します。育てることを目的とするので、中高年は余程の技能者でないと採用されません。
いま、40代と50代の失業者が増えているのは、こういう背景があるのかと考えていましたら、今朝のニュース(ネット投稿)で、40代の失業者が増えているという記事がありました。

私の場合、会社勤め時代も特殊なコンサルタント・設計業でしたので、担当する仕事が激減した時点で、独立開業という方向で覚悟していました。約15年前の話ですが。
*独立開業は2004年8月です。今年で14年目になります。
人脈がない場合、40代での独立開業は無謀と言われた時代でした。
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暮らしの雑記

by neo-diy | 2018-01-07 07:54 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

取引先や知人の振る舞いを見て考える

私の景気が良いころは、えびす顔で私の所へ挨拶や打合せに来たり、電話やメールで様子をうかがう人がいました。

小さな自営業ながらも、他の中規模企業や通販サイトに負けないくらい発注量があり、廉価ゆえの強みがありました。
取引先は私がウェブサイトと無料相談だけで営業していることに驚き、知人建築士も私の依頼者のボランティアのお蔭でホームページを運営できるようになった。

しかし、現在は私の景気が悪くなり大半が離れて行きました。
残ったのは大学の先輩建築士(提携先)、2名の職人(専属)、数社の防音建材メーカーだけになりました。
*お蔭で信用できる取引先を判別することが出来たのは良かったと思います。

取引先の1社は私と取引を始めてから景気が良くなり、毎年のように年商が上向いています。非常にまじめな商いをする経営者であり、彼は私の取引量がある程度あることに安心しているようです。
それは自分の大事な取引先が欠けては大変だという事業者としての感覚なのです。
*私は彼の取引先の中では最も小さな業態です。その取引を通じて業界の需要を見ているようです。

残っている取引先は、私の変わらぬ態度や商いのやり方を見て、大丈夫かどうかを体感しているようです。

私は小さな商いでも着実に進むことを希望します。手を拡げるつもりはないです。それに加齢とともに体力が落ちていますので、遠方は無理です。
ウェブサイトと地元での相談業務を中心に展開したいと思います。

現在の私の取引先は、景気の変動で態度を変えることを嫌っています。
一人の人間としてどうかということを素朴に感じているのだと思います。会社の看板の大きさに関係なく取引先の担当者個人の有り様を重視していると思えます。

会社を辞めて自営業になれば、そのときに実感するのは個人的な人脈です。義理と人情の世界が結構自分を助けてくれます。私がそうでした。
朝、コーヒーを飲みながら、約13年間の自営業の歩みを、ふと想い出していました。

by neo-diy | 2017-08-28 07:57 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

国語能力・PCネットスキル

大学時代は学科の教授に論文能力など国語力を身に付けなさいとアドバイスされ、会社勤め時代は専門分野だけでなくPCスキルの重要性を痛感してきました。
*ちょうど会社を辞めて独立する頃(14・15年前)は、ウェブサイトやPCソフトを活用したビジネススタイル転換への端境期でした。

現在においても国語能力は重要であり、これがないと自分で運営するウェブサイトも作れないし、ブログ投稿も満足にできません。
*私の分野では、とくに分析レポートをクライアントに提示することが重要なため、論文能力は不可欠です。

私のウェブサイトは、会社勤め時代のコンサルタント業務のスタイルが色濃く出ています。
そういうこともあり、手加減して記述してはいるものの、どうしても硬い表現になりがちです。
*国の機関や役所に提出する報告書のくせが抜けないです(笑)。

うちの職人が独立した時に苦しんだのが事務能力です。見積書など提案書が作れない、説明図が作れないなど基本的なスキルがないのです。
独立するまでは会社が全部作っていたので、当人はまったく勉強も努力もしていなかった。職人でも、独立するなら事務・経理をある程度知らなければ営業できません。
*私の傘下に居る時は、私がひな形を作るので何とかできますが。

相方の職人が言うには、一人ではできないだろうから、私のところから独立すること自体が無理なのでは?と言っています。彼は厳しいことを言っていますが、約20年ほど付き合っているから分かると言います。そう簡単に国語能力やPCスキルが身につくわけないと。

ただ、ウェブサイトは外注するという手段もあるので、企画次第では運営可能です。

ちなみに取引先の年配の建築士は、ブログが使えるようになるまで1年以上かかりました。120.png
個人差があるので、必要に応じてPC教室に通うなど努力が必要です。
*私の場合はPC教室のコースを1回目でくびになりました・・・あまりにもコースメニューを逸脱するというので「ご自分でやってください」と言われました。182.png
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忘備録・雑記

by neo-diy | 2017-07-10 07:46 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)

自分の出来る事を続けることが重要

昨夜、家族が地元の国立病院(総合病院)に緊急入院しまして、昨日はバタバタしていました。
*今日も書類上の手続きや日用品の差し入れをするために、再度出向かなければなりません。

もともと具合が悪く、親族の実家へ転居させる予定でしたが、急変しまして食事が出来なくなりました。入院先では、まず精密検査を行い治療方針を決めることになります。

あとは、実家の地元の総合病院へ転院させることができるかどうか、家族の受け入れ準備をどうするかなど打ち合わせるため、来月親族を代表して身内が私の自宅へ来ます。
*日頃から7種類の薬を処方され、一日4回の定時に服用するという複雑な管理が必要でした。家族の中ですべての対応を頭に入れているのが私だけなのです。(そのために東京で通院していた)

私が自営業だからフォローできたわけですが、私も不調を抱え、そろそろ限界に近づいてきたので、来月相談です。
入院した家族本人もある程度覚悟していたのか、私に「あんたの出来る事を、気にしないでやんないや。なるようにしかならんで。仕事の打合せは予定通りやって。」(彼女の地元?の方言)

たしかに、治療は病院に任せて、私は自分の商いを続けるしかないので、自分の出来る事を確実にやっていくだけですね。
私自身は、仕事の内容が特殊なので実家のほうへ転居しても生活できません。別居になります。
しばらく、お酒は控えたいと思います(笑)。182.png

by neo-diy | 2017-06-29 06:35 | 仕事の回想・自分史 | Comments(0)